極私的土佐日記 あらため  極私的ALS日記

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進行
2005/09/22

やはり、症状はかなり進行している。
春に大阪でラストライブをやったときには、頸椎カラーさえ着けていれば、頭もほぼ垂直に保ち、歩行もそれほど困難を感じていなかったのだが、わすが半年で歩行はかなり危険になり、頭も、頸椎カラーが壊れかけるほど前傾になっている。
8月下旬に入院してから、ほぼ一月たったが、その間の進行もはげしい。何度か倒れかけたし、左足は。特に階段を下りるときはガクガクと、2動作で歩くようになっている。手の力も弱り、ガソリンのセルフスタンドで、ガソリンキャップを開けるのに、両手を使ってもかなり時間がかかった。
台所でも、水道の栓を閉めるのには苦労する。当たり前だが、水道栓はシンクの奥にあるので、そこに手を伸ばすためには、まず水道の蛇口に手を乗せて、そこを伝うように手を伸ばす(笑)。
それでも、まだ、全てを一人でやれている。
快適な胃瘻生活だが、少し心配があった。栄養液や水分を胃瘻チューブに落とすための「イルリガートル」という器具と、薬注入のための使い捨て注射器を、それぞれ、週に1個ずつ使い捨てるように、と指示を受け、通院の度にその分を貰っている。
私は、お茶が好きなので、間水(食事の間に水分補給のため、水分を注入する)の時に、自家製のお茶を使っているのだが、すぐに茶渋のようなものがチューブに付着しはじめるようになったのだが、これが茶渋なのかカビなのか、それとも、栄養剤に含まれる鉄分が付着しているのかわからないので、食器用洗剤を使い洗ったあと、次亜塩素酸ナトリウムの希釈液に浸している。

次亜塩素酸ナトリウムでは、哺乳瓶の殺菌に使うもので、使用直前に水洗いしなくてそのまま使って構わないと書いているのだが、塩素が好きでなくて簡易浄水機を付けている私としては、洗いたい(笑)。
次亜塩素酸ナトリウムの製品としては、一番有名な商品「ミル××」があるが、同じような成分で、半額近い商品「ミル×××」を見つけて、当然そちらにした(笑)。
「専用容器」とという馬鹿高い容器はもちろん買わず、安い、「味噌保存用」の大きなタッパーを買った(笑)。

台所で、イルリガートルを洗う作業が多くなるのだが、水を切るために、「お玉掛け」のフックが、微妙に高く、奥にある。つま先立って、頑張ればイルリガートルを掛けることは不可能ではないが、マイクスタンド流用のイルリガートル掛け棒の上げ下げ紐を作り直したので、前の紐を流用して、台所の上部の収容庫のノブを利用して、専用のイルリガートル掛けを作った。
作業のためには、当然椅子に登ったのだが、かなり不安定で、このような作業が自分で出来るのも、それほど長くはなさそうだ。


次亜塩素酸ナトリウムの濯ぎはともかく、食器用洗剤は、やはりよく濯ぎたい。しかし、上の袋の部分は濯ぎやすいが、チューブの部分は直接濯げず、水を通すしかないのだが、どの程度通水すれば良いかが全くわからない。
しょうがないので、何回も水を落としきるのだが、それもメンドイ(笑)。
浄水機を付けているため、ホースを使えないので、蛇口の先にイルリガートルを引っかけられるようにした。水をちょろちょろ出してしばらく放置していれば、充分濯ぐことが出来るだろう。ひとり暮らしでシャワーしか使っていないため、水道使用量は最低なので、これくらいの無駄遣いは許して欲しい(笑)。


イルリガートルには、現在、頂いている袋タイプ以外に、ボトルタイプもあるということが、メーカーの親切な担当者から教えて頂いたので、入手次第、病院で貰っているものと併用するつもりだ。
特定疾患に指定されているため、病院から貰う分はほとんど無料になるが、その病院で規定している量以上のものを欲しい、と言い出しづらいのだ。
同じ胃瘻でも、特定疾患指定患者と、そうでない患者では自己負担額が違う。私にとっては助かるが、特典を受けているだけに、それ以上甘えるのは自己規制したいのだ。

問題は注射器(シリンジ)の方だ。使い捨ての注射器で、しかも注射針は不要なので、悪用しようがないのだが、やはり売っているところがない。
ネットで探したあげく、科学教材の店と、ペット用具(鳥やフェレットなどに強制給餌するため)、そしてなんとSMグッズの店で販売していることがわかった(笑)。
ただし、後者2つ、特にSMグッズの店では馬鹿高い(笑)。
おそらくは科学教材の店の販売価格も、普通よりは高いようなのだが、まあまあ納得できる値段なので、こちらで購入することにした。メーカーは、支給されてるトップメーカーではないようだが、やはり有名メーカーであることを確認したからだ。
手の力が弱っているため、3日ほど使っていると、注射器のゴムの部分が膨れあがるのか、かなりの力が必要になるためだ。

ところで、イルリガートル支持棒だが、マイクスタンドはもちろん一般家庭にあるものではない(笑)。
マイクスタンドを流用するメリットは二つある。一つは安いということだ。探せば3000円以下で売っている。点滴専用の点滴台(ガートル台)は1万円以上するようだ。
もう一点、ブーム型マイクスタンドは、斜めに設置できるという点だ。ただし、マイクと違って重い物をぶら下げるので、真横は無理だし、バランスに気をつける必要はあるが、私のように広い机でインターネットをしながら注入したい人間には最適だ。
もちろん、車椅子に設置したり、移動したい場合は、マイクスタンドは使えない。


もう一つ、ゴムひもネックレスの件だ。
最初に作った物の長さを検討した結果、通常は50cmのゴムひもで、1個作れる。
まず、真ん中あたりに小さな注入口用の輪っかを作り、両端を結ぶと丁度良い大きさになり、よほど肥満で首の大きい人でない限り、圧迫感がない程度に一番高い位置に置いておける。
ただし、胃瘻の位置が低かったり、腸瘻等の場合は、チューブの長さによって、首の部分の輪っかの大きさは変わるのは言うまでもない。

点滴
2005/09/20

胃瘻(胃ろう)に関してこれまで以上に興味を持ち、調べようと思って「内視鏡的胃瘻造設術−手技から在宅管理まで−」という本を見つけたが、市民図書館には置いていない。ところが、私の住んでいる市には、医療福祉関係の県立大学があり、そこの図書館の蔵書にあることを発見し、学外の人間でも借り出せるとのことで、今日、行ってきた。

ところで、胃瘻による栄養液の注入は、点滴注射と同じ仕組みだが、図書館で司書の人に、その歴史についての本を探して貰ったが、見つからない。
ネットで探しても、その歴史については、記述されていない。

点滴の仕組み自体は、ご存じのように、呆れるほどに簡単だ。
注入したい液体を入れた容器を高い場所に設置し、入れられる場所(胃や腸や血管)との間をチューブでつなぐと、重力で液体は下に落ちてくる。「落ちる量」を調節するのが「クレンメ」という、台形の部品に円形のローラー様の物が附属した小さなものだ。このローラー様の物を下に下ろせば、チューブは押さえつけられて、液体の落下が少なくなり、一番下まで押し下げると止まる。逆に、上に上げればチューブの圧迫は少なくなり、流量が増え、一番上にすると、最大量が落ちてくる。
この時、「落下量を視認」できるのが、「チャンバー」と呼ばれる、チューブより少し太くなった筒状の部品だ。

クレンメでチューブを圧迫して流量を少なくすると、チャンバーの中で、液体が水滴のようにポツポツと落ちてくる。
注射用の点滴の場合、この「水滴」が5秒間に何滴か、をカウントすることで、大体の流量がわかり、看護師さん達は、これにより点滴速度を調整していた。
注射用の場合、数百mlを数時間というように、ゆっくりした速度なので、5秒でもカウントが可能だ。

ただ、栄養液の場合、よほど体が衰弱した患者でない限り、400mlを1時間もかけていないと思う。せっかちな私は、20分くらいで落としきる。もちろん、アルコールが入っていない場合だが(笑)。だから、5秒間に10数滴となると、誤差が大きくなる。

入院して、最初に栄養液を注入されたときから、チャンバーを観察し、持ち込んだノートパソコンの時計の秒針と見比べながら、20秒間の水滴の数を数えて、落下流量を計算していた私だ(笑)。

もちろん、栄養液の場合、製品によって粘度や濃度が違うので、共通の計算式はなく、私の場合は、入院時と、退院後では違う製品を処方されたので、入院時の計算式は無効になった。
もっとも、慣れとは恐ろしいもので、現在は水滴数を数えなくても、チャンバーを見ただけで、大体何分で注入が終わるかはわかるようになった。

このクレンメは、実は、医療用器具だけではない。
熱帯魚の水槽でも使われているし、例えば、鉢植えの栄養液の注入装置などにも使われていて、100円ショップでも売られている。医療用と精度が違うかどうかはわからないが、原理は全く同じものだ。

原理だけを考えると、クレンメを使った点滴は、それほど古いものではないことが容易に想像できる。なぜなら、クレンメを使うためには、「締め付けられるチューブ」が不可欠で、そのチューブには、押さえつけたら狭くなり、力を弱めたら太さが回復できる素材の「管」である必要があるからだ。

ゴムのチューブがその条件を満たすが、不透明なゴムの場合はチャンバーがないと、「今どの程度落ちているか」がわからない。
可能性としては、ゴムのホースの途中にガラス製のチャンバーを取り付けた、という原型も想像できるが、やはり、現在のような化学的な合成素材が使われるようになってから、「点滴セット」が完成したと考えるのが妥当で、そう考えると、精々50〜60年の歴史ではないかと推測する。

近いうちに、胃瘻について勉強したことをまとめる予定だが、胃瘻という私にとっては素晴らしい技法も、点滴という技法無しなら、また違っていたのではないかと思う。
また、輸液にしろ、やはり、点滴の仕組みが非常に重要だとも思う。

しかし、現時点では、クレンメやチャンバーの発明者どころか、いつ頃何処で使われ出したのかも、まったくわからない状態だ。

県立大学図書館で、「輸液」についての基礎の本も借りてきたが、いまのところヒントすら見つかっていない。

こんなにお世話になっている「点滴」の歴史なのに(笑)

もし、ご存じの方がいらっしゃったら、是非お教え頂きたい。

軽さ
2005/09/16

重い話が続いたので、軽い話をすることにする。
ついに体重が66kgを割ってしまったのだ。入院前から4.5kg痩せた。
公称身長180cm(実は数ミリたりないのだが(笑))と、私の世代ではかなり背が高い上に、不摂生でか、100kgを超えていたから、ちょうど1年で、2/3になってしまったことになる。

入院してビックリしたのが、ほぼ1年ぶりに、検温されたときのことだ。看護師が体温計を取りに来たとき、何の自覚もなく、脇の下に挟んだ体温計を取りだそうとしたら、体温計がないのだ。なんと、以前の感覚で「挟んだつもり」になっていたのが、肉が落ちたために、体温計が脇の下に保持できてなかったのだ(笑)。

今日、胃ろう造設手術後、はじめて訪院し、体重減少のことと、便通が少なくて、有っても量が少ないこと、また満腹感がないことを話すと、栄養液をこれまでの1200mlから1600mlに増量してくれた。
アルコール総量を50mlほど飲めば300kcalになるので、ほぼ2000kcalを確保できるわけだ。
もっとも、アルコールのカロリーは、特に焼酎などの蒸留酒や、日本酒でも辛口系は残糖分が少なく、体重には反映されにくいのだが。
それに私の体重減少は、筋肉が落ちているせいなのだが(笑)。

と、ここで一転、重い話になる、
栄養液を増量して頂いたのは有りがたいのだが、当然、その分、重くなる(笑)。
ラコールという栄養液は、1箱が200ml=200kcalのパックが2つ入っていて、重さが470g。2週間分だと56箱、26.32kgになるのだ。
前回は20kg弱だったが、入院用具も持ち帰っていたため、4回に分けて運び上げた。今回は、栄養液以外は軽い薬だけだが、重量は増えた。

しかし、一度荷揚げの体験をしたので、周到な準備をした(笑)。
前回苦労したのは、箱が四角いため、重みでレジ袋に箱の角に当たって2回も破れてしまったのだ。
今回は、パソコンショップのレジ袋が、スーパーのものより厚手で、しかも底が浅いことに気が付き、その袋を用意したのだ。

というのも、「持ちあげる力」は弱っている。このため、12箱入りのダンボール箱は、両手を使っても一回に一個しか持ってあがれない。ところが、両手をだらりと下に垂らして、指でレジ袋を持つと、かなり重い物にも耐えられる。そこで、前回もダンボールから箱を取り出して、レジ袋に小分けして、運び上げたのだ。
なにしろ、病気になる前は、2リッタのペットボトルを4本入れたレジ袋を両手に2袋ずつ、つまり32kg以上を持ってその上に、他の買い物も腕に通したりして、平気で5階まで運んでいたのだ。

ただし、袋の底が深いと、階段に袋がこすれるため、腕を曲げて持ちあげなければいけないが、その力は弱っている。だから「底が浅い袋」がよいのだ。

左手の弱りを勘案して、右手にはラコール16箱、左手には12箱+薬、と全部で4袋を作り、2回に分けて運び上げた。
もちろん、バランスが悪くなっているので、注意が必要だ。
これには、「かもしれない運転」の原理を使う(笑)。
安全運転のコツは、「こんなとこから人が飛び出しては来ないだろう」という「だろう運転」は最悪で、「人が飛び出してくるかもしれない」と危険を予測する「かもしれない運転」だそうだ。
ずっと以前「KYT(危険予知トレーニング)」の教材を手がけたことがある私には、問題ない。

「ここでバランスを崩すかも知れない」と言うことを念頭に置き、もしバランスが崩れたら壁により掛かることの出来るポジションを常にキープするのだ。

正直、2度ほど、バランスを失いかけたが、修正した。また、途中で息が苦しくなり、蟹のように泡混じりのよだれを噴き出したが(笑)

しかし、当初の予定通り、2回で荷物は全て運び上げた。まだまだやれる(笑)

ただ、少しぞっとしたのが、次回も2週間後に訪院予定なのだが、もしかすると、4週間分を貰うかも知れない。倍の量・・・、4回・・・。

うーん・・・軽い話のつもりが重い話になってしまった(笑)。

書類
2005/09/14

もし、私が、呼吸困難に陥り、緊急入院した場合、医師から「人工呼吸器を着けたら、まだ延命が可能ですが、どうしますか?」と聞かれるケースが間違いなくある、もし、私に意識が有れば拒否できるだろうが、意識不明の時、家族に問い合わされたとき、本音か建て前かは別として(笑)、「拒否します」とはなかなか言えないのではないだろうか?
人工呼吸器を着けた場合、家庭で介護する場合、家族への負担は想像を絶する。1時間おき程度の痰の吸引など、24時間体制での介護が必要だからだ。だからこそ、患者本人が人工呼吸器の停止を望むことが少なくないらしいが、自分で外せなくなるほど症状が進行している場合は、家族に取り外しを頼むしかない。そして、その意思を尊重して取り外した家族は殺人罪になってしまう。
そのことを理解しても、家族は装着を拒否するのは困難だろうし、まして、その大変さを理解できていない家族なら、余計に、「装着してください」と言わされるのではないだろうか?

ある医者の研究会で、患者から取り外しを依頼された場合、どうすべきか、というフォーラムがあったらしいが、その時の前提条件が「司法の介入がない場合」という、今の日本では考えられないものであった。
また、医療側としては、取り外しを躊躇する気持もわからないでもない。

だから、私は尊厳死法案が成立して、自らの意志で取り外すことが罪にならない限り、家族や医師を殺人罪に追い込む可能性のある人工呼吸器は装着を拒否するつもりだ。

昨日、以下の文書を作成し、母の介護のために高知にいる妻と息子に対して郵送、署名捺印を求めた。

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人工呼吸器等の手術についての意志確認書

筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者である、谷岡康則が症状の進行により、呼吸障害で緊急事態になった場合、気管内挿管や気管切開を伴う人工呼吸器の装着手術については、患者本人の拒否の意志が明確であり、家族としても、その意志を尊重し、この種の延命処置を行わないことをお願いします。
同手術を行わないことにより、余命が短くなることも承知し、そのことについての異議は申し立てません。

なお、上記手術を行わない限り、酸素マスク等、一時的な呼吸補助装置(人工呼吸器を除く)等の緊急処置については、拒否するわけではありません。

以上の点について、家族としても同意し、その意思を確認するために、本書類を作成します。


           平成  年  月  日

       患者本人  住所
             名前

        妻    住所
             名前

        長男   住所
             名前
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これは自分のためであると同時に、家族のためである。
こういう書類が有れば、家族も私の意思を尊重してくれるだろう。

もちろん、尊厳死が認められるのなら、ギリギリまで人工呼吸器をつけてでも生きていたいという気持はある。
しかし、不可能な介護努力を要求して、最後には殺人罪に巻き込みかねないということを要求することは出来ないし、する気もない。

もし、私の、「人工呼吸器をつけてでもある程度まで生きていく権利」を奪った犯人が居るとしたら、家族を殺人罪で起訴した検察官と、嘱託殺人罪にランクを落としたとは言え有罪判決を出した裁判官と、日本の司法制度だ。

署名と捺印がされた書類が送り返されてきたら、症状が進行したら高知へ帰るという選択肢は残るが、署名捺印が拒否されたら、その選択肢は無くなると思っている。

2005/09/12

竹内久美子氏の「利己的遺伝子論」や、あるいは「ガイア仮説」には危うい側面がある。もちろん、提唱者達は、あくまで「説明のわかりやすさのため」に、意志があるはずのない遺伝子や地球に、あたかも「意志がある」ような書き方をしているのだと思いたいのだが、一歩間違うと、「勘違いした動物好き」と同じ陥穽に落ち込む。つまり、実際には別の感情だったり、単なる顔の筋肉の動きが、人間の笑い顔に似ていると言うだけで、動物が笑っていると受けとってしまうような誤解をしかねない。

胃ろう生活に入って2週間になるが、面白いと感じ始めている。
食事というのは、生きるための手段であると同時に、一般的には楽しみであるだろう。利己的遺伝子ではないが、生存のための必須の作業が快楽と結びついてしまったのが、進化の妙なのだろう。性もそうだ。動植物で、どの段階で、性が快楽と結びつき始めたのかとも夢想する。

胃ろうでは、楽しみとは無関係に、栄養素とカロリーを摂取するわけだ。空腹感を押さえる程度の、感覚への影響はあるだろうが、今のカロリー量では、満腹感も満足感もない。「無性に何かが食べたくなる」というのは、その食物に含まれている栄養素を体が欲しているという説もあるようだが、今の私にはそれはない。なにしろ、ほとんどの栄養素がバランス良く含まれているからだ。味はもちろん、いわゆる「ゲロマズ」だし(笑)。

「食の楽しみ」とは無関係な、「注入摂取」は、ある意味で、「快楽という動機付けを失った儀式」でしかないとも言えよう。
「恋愛」もそうかも知れない。もともと、私は「恋」はわかるが「愛」はわかっていなかった。今、「恋」すらもわからなくなりつつあるかも知れない。
例えば誰かに「惚れかける」としよう。でも、それは、一体、何を求めていることになるのだろう?
結果的には別れるであろうことがほとんどになるだろうが、それでも、「出来ればずっと一緒にいたい」と思うことが恋だとすれば、今の私には、恋も出来ない。「ずっと」がない以上、「今しかない」からだ。

ALSになって、色々な機能を失って来つつあるが、もう一つ別の側面が見えてきたような気がする。
人間が生きている上で、する事、しなければいけない事を、「なぜするか」という点では、複合的な要素が絡んでいると思う。食事が、物理的な栄養摂取と、食の楽しみ、そして、「食べる場の雰囲気」など色々な要素があるように。
コミュニケーションもそうだ。「伝えなければいけないこと」だけでは、味気ない。
ALSになって、様々な行為の「要素」が切り離されて、行為そのものが露出されて来始めているのだ。

そう「味」なのだ。
あらゆる行為が、「味付け」されていて、それが「知性」であり、その味の違いが「個性」であるのかもしれない。
その中で、ALS、あるいはそれ以外の病気も含めて、「味」を失い、物理的必須行為のみが淡々と行わざるを得なくなる。

ただ、私には、「好奇心」という「味」が残っている。「味か無いこととはどんなことだろう」と思うことで、無味無臭の儀式としての行為に、味を見つけているのだ。そしてその儀式に工夫をすることが、私の味だと思えるとも言える。


今日、訪問看護に来て頂いた人達が、一昨日思いついた「ゴムネックレス」は良いアイデアで、他の患者達にも教えよう、と言ってくれた。
とても嬉しい一言だった。
無味無臭の中で、私の味付けが、少しでも役に立って貰えば、この日記を書いている意味もある。
もちろん、ALSを含め、いろいろな難病で苦労している患者やその家族達は、それぞれに色々な工夫をしていると思う。しかし、発表する機会がなくて、広まっていない素晴らしい工夫はいっぱいあると思う。
その中で、こういう発表の手段を持つ私は、非常に幸せだと思う。
味が無くなったことのなかに、まだまだ、味を見つけることは可能だろう。

酒と胃ろうと工夫の追加
2005/09/10

【問題 これは何に使う物でしょうか?】
100均で買った短めの杖のT字型の握りの部分に、やはり100鈞の竹の孫の手をガムテープでしっかり接着して、その上から、雑誌を巻き付けたものですが、何に使うのでしょうか?(笑)


■酒
退院時に、主治医に幾つか質問させていただいたが、その中で最も大事なことが、「酒」についてだ。
ALS発症前は、ほぼ毎日のように、寝酒として、日本酒4合程度を1時間で飲んでいた。私のアルコール分解能力は高いようで、それでちょうどほろ酔い程度、翌日にも全く影響はなかった。
最近は、さすがに飲む量は減ったが、それでも第二の発泡酒を1リッタほど、つまりアルコール総量として約50ml、以前の半分程度ではあるが、飲み続けていた。もっとも、どうも私は、精神的にも肉体的にも、中毒になりづらい体質のようで、飲むのは好きだが、1ヶ月程度、全く飲まなくても平気なこともあったし、入院中も飲みたくてたまらないと言うこともなかった。タバコも、一番多い時期は1日にハイライトを80本吸っていたが、昨年、「休煙」を3ヶ月したが、その時も全く禁断症状はなく、飴をなめるというような代償行為も不要だった。

それでも、酒は好きなので、胃ろうになって、酒を流しこんで良いかどうか、食事をしながら飲酒するように、栄養液に酒を混ぜてもいいか、と聞いたわけだ。理論的には問題ないとは思っていたが、チューブの材質とアルコール、あるいは栄養液の材質とアルコールで何か問題があるかを確認したのだ。

全く問題はない、と答えて頂いた。しかし、まだ、第二の発泡酒の「在庫」があり、飲みきるまでは「喉越し」を味わいたい、ということで、胃ろうからの注入はしていなかった。ビール系の飲料だと、アルコール量の割に水分が多いのと、泡が抜けないまま胃壁に当たると刺激が多すぎる気がして、胃ろうでの酒の注入は、日本酒や焼酎にしようと思っていた。

まだ第二の発泡酒の在庫は残っているが、好奇心に耐えかねて、昨夜、注入実験をした。私の栄養液は、1回が400mlだが、半分を注入した段階で、25%の焼酎を180ccまぜた。念のため、いつもの注入速度より遅く設定した。本を読みながら注入していると、ほんのり汗が出てきた。たしかに、ほろ酔いだ。
しかし、微妙な感覚だ。飲んでないのに酔いが来る。これは、「飲む楽しみ」にあたるのか? まだまだ実験を続けなければいけないようだ(笑)。
ただ、既に歩くときのバランスが悪くなっているので、たくさん飲むとしても、倍が限度のような気がするのが残念だ。


■胃ろうの情報ともう一つの工夫
入院時の病棟の看護師は、みな親切で優しかった。私のHPを読んでくれている人も居て、二つの情報をメールで教えてくれた。
一つは、インシュリンの自己注射をしている人は、注射器と針を病院に持ってきて、病院が処分するとのことだ。たしかに、プラスチックの注射器はともかく、使用済みの注射針は、家庭用ゴミに出すのはマズイだろう。
もう一つは、胃ろう用チューブを清潔に保つためには、最後に10%の酢水を注入すればよいと教えてくれた。どうも、栄養液が残っていたりすると、腐敗だけではなくてカビが発生するケースもあるらしい。
病棟で親切にして頂いた上に、メールまで頂いて、本当にありがとうございました。

ところが、一つ問題がある。私の場合、まだチューブ型なので、逆流防止弁が着いてない。チューブが下に垂れていると、胃の中から逆流して、せっかくの酢水も効果が薄くなるのではないかと思うのだ。
しかも、このチューブ、注入には小さい口しか使わないのに、なぜか大小の口があり、そこにも栄養液が溜まったりする。

寝たきりの人はともかく、私のように起きていることが多い人間には、なんとかチューブを胃より高い位置に置きたい、ということで、ワイシャツのポケットに入れたりしていたが、もっと簡単な解決法を思いついた。

単純な、ゴムひものネックレスだ(笑)。
私は光り物とか装飾品が嫌いで、ネックレスや指輪はしたことがないし、腕時計ももう20年近くしていない。生まれて初めてのネックレスだ(笑)。
ゴムひもの利点は、当然引っ張れば伸びるから、着脱が簡単だし、安い。もちろん、シャワーを浴びるときもこうしていれば、起きている間は、最も高い位置にあるから、逆流は起きない。寝るときは、チューブをしたにすれば、位置も変わるので問題ないというわけだ。


■【問題の答え】
これは、「頭つっかい棒」なのだ。
私は髭を蓄えているが、この髭、何の手入れもしていない。はえるがままにしていても、それなりの形になっている。とはいえ、長くなりすぎると鬱陶しいし、鼻の下の髭は、長くなると口に入ってしまう(笑)。
このため、ひげ剃りではなく、髭用のバリカンみたいなもので、月に2回ほどは短くする。ところが、首垂れのため、そのままだと、髭を剃ることも出来ないし、鏡を見ることも出来ない。頸椎カラーを使えば、当然髭は剃れない。
椅子に座って、後ろにもたれると、出来なくはないが、回り中にカットした髭が飛び散って掃除が必要になる。
そこで、この器具を、台所の鍋置きの棚に斜めにセットする。そして、雑誌を巻いた部分を額に当てる。首は前傾するが、壁に当たった杖の先は、ゴムで滑らないようになっているので、意外にしっかりと固定できるのだ。正面には鏡を置いているので、見ながら髭をカットし、カットされた髭はシンクの中に落ちるので、掃除も簡単というわけだ。
首を支えるためには、下から支えるだけではなくて、上を支えるという発想の転換の産物だ(笑)。

自由
2005/09/08

ミー・アンド・ホビー・マギーと言えば、やはりジャニスの声だが、歌詞は、少しマイナーかも知れないが、中川五郎氏の名訳が頭にこびりついている。

「自由って言うのは、失う物が、何もないことさ〜♪」

大切な物なんて何もない。何でも捨てることが出来るよ。もちろん、想い出だって、記憶だって、そして、命だってね。
だから、「自由」の対極は「しがらみ」かもしれない。
そして、しがらみとは、「守らなければいけない物」なのだろうと思う。

考えてみれば、私は何回もオールリセットをしてきた。でも、それは、完全な破壊ではなくて、リセットした物が帰ってきたら、それはそれで受け入れるということでもある。「リセットしたこと」に拘っていたら、それはリセットじゃないだろうから。
だから、故郷は捨てたこともあったが、今は、土佐が故郷だと堂々と言い切ることが出来る。でも、それはそれ。もしかしたら、埼玉で一生が終わるかも知れないと言うことも選択肢の視野に入って来だしている。

多くの人が、私がALSになったことを、余りにも簡単に受け入れたことを、「強い」という。
違うのだ。強いわけではないのだ。
柳のように、強い風を受けても、しなやかにそれを受け流せるから倒れないのだ。
「生」すら、どんなことがあっても守らなければいけないもの、ではないのだ。
だって、守りきれるはずはないじゃないですか!(笑)

オールリセットを受け入れるためには、失うことを受け入れなければいけない。失うことを受け入れるためには、失いたくない物を持たないことだ。もちろん、「失って困惑する物」や「失うと哀しい物」はある。なにも無表情な能面をかぶって、ペルソナの生活を送れと言うことではない。
良いじゃないか、失って困っても、失って泣いても。でも、失うことを受け入れればいいのだ。

誰だって、いつかは命を失う。それが怖いから、来世や天国を信じようとする。でも、今を大切に生きていれば、死ぬことは怖くないし、死ぬことが怖くなければ今を大事に出来る。本気でそう思える。
恋を失うことが怖ければ、恋なんてできないさ!


今週は、退院後に、いろいろな人が拙宅を訪れてくれた。かかりつけの病院の相談室の方と主治医のご尽力により、週一回の訪問看護がきまり、市役所の障害福祉課の人達、保健所の人、一週間に4人もの来客があるなんて、埼玉生活17年間で初めてのことだ(笑)。
パソコンで、その方達と色々な話をした。
「今何が必要なのか?」と聞かれたとき、本当に困ってしまった。
たしかに、日常生活が、かなり困難になってきている。でも、まだなんとか一人でやれる。一つの機能を失えば、一つの工夫でそれをカバーできる。服の着方も、以前のやり方ならかなり難しくなっているが、頭に手を乗せて頭を持ちあげるという方法で、まだ一人で服を脱着できる。
もちろん、どんな工夫をしても、カバーできなくなる時が来るのはわかっている。
でも、どうも今の時点で、例えば「家事支援」といわれても、具体的にイメージが出来ない。というより、「家事支援される」という考え方自体がなじめないのだ。

掃除がきつければ、掃除をしなければよい。綺麗にしなければ行けない場所を限定すればよい。乾いた洗濯物をたたまなくても、そのまま使えばよい。風呂に浸かるのが大変ならばシャワーさえできればよい。
人目を気にする必要が無く、拘りを捨てれば、生活様式が変化しても問題ない。

ただ、介護は不要かというとそれほど甘い考えは持っていない。胃ろう用の栄養液の入ったパックを自分で開けることが出来なくなる日は間違いなく来る。トイレへ行くことが出来ても、拭けなくなる日も間違いなく来る。そして、多分まだ衰えてない頭では、その日までのカレンダーを、日々計り直して、書き直している。
その時には、死ぬか、介護をして貰うか、どちらかしかない。
だから、市役所や保健所の人には、「今の時点では介護予約みたいなもの」と言ったのだ。なにしろ、介護認定の会議は月に一回だけだそうなので、介護が必要になったときから開始されるまで、最悪2ヶ月近くかかる可能性もある。
だから、その日のことを考えて、準備をすることまで捨てる気はない。

そして、そう言うことを全て受け入れることが出来るのは、多分、私が自由だからだと思う。
そう、今、私は、真の自由を楽しんでいるのだと思う。

終わってない
2005/09/06

工夫は、道具だけではなく、日常の自分の動作でも、いろいろと考えなければいけないと思っている。

朝起きるときの、体の起こし方は、ますます厳しくなってきている。ベッドでなく、畳の部屋で横になると、起きあがるためには手しか使えない。まず、必死で胃ろうの穴に気を使いながら、俯せになり、両手で徐々に体を起こす。この姿勢だと、首が前垂れになっているのが前提だから、安心して力を入れられるのだ。そして、折った膝を少しずつ前に寄せて体を起こす。少しでもタイミングが狂うと、潰されたカエルのようにつんのめって、また最初からやり直しだ(笑)。

ベッドだとまだ楽だ。二段ベッドを残してくれた息子に感謝する。というのも、二段ベッドは四方に囲いがあるからだ。出入りする一角だけは、ノコギリで切り取ったが、他は残っているために、手を掛けることが出来るだけではなく、足も使える。体を横にして、両手を使うと同時に、片脚を枠にかけて力を入れると、手に掛ける力が半分に減る。私の四肢の中では足が一番力が残っている。そうやって上半身を起こすと、ベッドから下りるのは簡単だ。床から起きあがるのには5分近くもかかるが、この足を補助にする方法だと2分で起きあがれる。

首の位置と座る姿勢も重要だ。電動ベッドのように、背もたれを縦にするだけでは、同じ姿勢で居るのは辛い。改造型事務椅子安楽化Ver2は、それを前提に作り替えたのだ。
まず、上半身を真っ直ぐにしているときは、首は少し後にもたせかけるような姿勢になる。その姿勢が疲れ始めると、今度は、腰を前にズラして、改造椅子の真向かいに置いたもう一つの椅子に足を伸ばして乗せる。上半身は垂直から30度以上斜めになる、いわゆるだらしない姿勢になる。この状態で、顔は前傾30度くらいになり、立っているときの前垂れより少し浅い角度だが、首への負担は少ない。
パソコンを使うにはこの姿勢が一番楽だ。
二つの姿勢を使い分けることで、寝るとき以外は同じ椅子に座っていても、なんとかなる。

胃ろう生活も色々考えている。
普通の状態だと、栄養液を注入したあとで水を流しても、胃ろうチューブに栄養液の成分が逆流してくることがある。また、胃ろうチューブの角度は同じ位置ではなく、角度を変えた方がよいらしいが、普通に置いていると、重力でいつも下を向く。
そこで、起きているときは、シャツの中程のボタン穴からチューブを出し、左ポケットに入れる時と、一番上のボタンから右に出す時を使い分ける。これによって、チューブは胃より高い位置に来るから逆流はほとんど無い。寝るときは、手に引っかからないようにくるりとまとめて、下の方に向ける。寝惚けて引き抜くことを防止し、同時にチューブの角度を変えるわけだ。


ALSでは知性や性機能は減退しないと言われている。しかし、ALS由来ではなく、長生きをすることによる知性の衰えはあるだろう。それ以上に、使わなくなったらお終いだ。
入院中、はじめて筋肉のリハビリを受けたが、使わないと衰退が早いと言われた。しかし、使いすぎると疲れが出て使わなくなるので、やはり衰退の恐れがあるとのことだった。でも、頭は、使いすぎても問題ないだろう(笑)。

ALSになったからと言って、全てが終わったわけではない。単に終わりが見えた、というだけのことだ。ALSの診断が確定してからあとでも、いろんな分野で新しい出逢いがあった。ALSにならなければ三内丸山や上野原、吉野ヶ里には行かなかっただろうし、縄文への興味もわかなかっただろう。まだまだ新しい出逢いはあると思う。

私のHPの「PC・ネット質問板」には、質問の書き込みが続いている。私の体がこんな状態でも、私の経験や知識が少しでも役に立っていると思えると嬉しい。私のことを頼ってくれたり、私を必要としている人が居るのだ、と思えることが、生きる支えになっているのだ。

だから、私はまだ終わっていない。本当の終わりが来るまでは、まだまだ「始まり」はあるのだ。
恋も出来るかも知れないし(笑)。
だから、仕事も下さいね(爆)。

胃ろうのための新工夫2(9/4改稿)
2005/09/03

これがベア式薬注入セットだ(笑)。
薬の注入では、薬をまとめるときと、その薬を注射器に入れるときが慣れないと難しいが、この方式なら、いとも簡単に薬を無駄なく注入できる。
患者本人がこういう作業をやることは少ないだろうが、患者の家族が老齢だったりすると、この作業は難しいと思う。もちろん、コップに水を入れて、そこに薬をぶちこんで注射器で吸い出す、と言うことを推奨しているところもあるようだが、水の量や、溶けずに残ったりと、その方法にも欠点はありそうだ。
なお、ペン立てと、用途不明の(笑)二つのアクリル容器は、100均で見つけた。

まずどこのご家庭にもあるポリ袋を拡げるように注射器立て(ペン立てを流用)に押し込む。
もし、何かで失敗して、注射器から漏れだしても、薬の溶液は袋に溜まるから、それを回収すれば無駄にならない。
また、時々、袋を交換すれば、掃除の必要もないし、元々食品用のポリ袋だから衛生面も問題ないだろう。なにより、安い(笑)。

この道具は何に使うための物かわからないが壁の厚さが薄いことと、間隔が少しずつ違うので将来、薬の袋の大きさが変わっても対応できる。
最初、入院中は、コップに絆創膏で試したが、外泊時100均で見つけた「メニュー立て」を使った。アイデアにあったコーヒードリッパーが売ってなかったし、使えそうだと思ったからだ。ただこのメニュー立ては、壁の部分が厚いためゼムグリップでは止まらず洗濯ばさみを使っていたが、その分、開口部分が狭かった。
退院の時の重い荷物運びで、メニュー立てが破損したので、再度100均に行き、これを見つけた。ゼムグリップも薄いので、薬の袋の開口面積が格段に広くなった。

一つの薬の袋の開口部から、他の薬を入れる作業だ。
看護師さんは慣れてるから、片手で一方の薬の袋を押さえて、もう一方で他の袋から薬を注ぎ込むのは簡単だろうが、慣れてないとかなり難しい。
しかし、こうやって片方を固定することで、作業は簡単になった。
なお、薬の袋を三角に切るというアイデアは私の物でなく、看護師さんに教えて貰った。
これで完璧だ。

今回のハイライトが、これだ。
注射器に水を15cc程入れたあと、内筒をギリギリまで引き
爪楊枝を折った物を注射器の出口に挿す。
注射器から水をこぼれないようにする工夫がないと、次の工程が大変難しいのだ。
最初のアイデアでは、ラップで包むという物だったがラップではどんなに試行錯誤しても水が漏れてしまった。
外泊して自宅にいたため、目の前に爪楊枝があったので、閃いたのだが、病棟には普通爪楊枝はないだろうから、看護師さんにも盲点だったようだ。
ただ、この注射器、ゴミ出しの時に誤解されるのが心配だ。医療用廃棄物と勘違いされたり、もっとヤバイのはシャブ中ではないかとか(笑)
インシュリンを自己注射している患者さんはどうやっているのだろうか?
なお、ディスポ注射器も薬局では売ってない。もちろん病院から貰っているのだが、ネットで探したら、上野の「科学教材の店」で売っていた。

注射器の出口に爪楊枝を挿したまま、内筒を抜いて、立てて置く。これで何の問題もなく、片手が自由になる。
爪楊枝を折ったのは、長いままだと安定が悪くなるという。注射器立てが深ければ、折らなくても問題はない。
なお、この注射器は、一週間で使い捨てだから爪楊枝で、出口が少々拡がっても問題はない。

看護師さん達は、片手で注射器の出口を押さえ、片手で薬を注ぎ込むが、これはやはりプロだからだろう。初心者にはとても無理な技だ(笑)
また、注ぎ方にも工夫した。薬を片方に寄せ、もう片方の底面のカドを小さく斜めにカットし、そこから注ぎ込むようにしたのだ。
食卓塩のビンに、塩を継ぎ足すときに、こんなことやりませんか? 実は私は、結構、こういう作業が好きだったのだ(笑)
この方法なら、アル中で手が震えない限り簡単だ(笑)

薬を入れたあと、注射器を良く振って、薬を溶かし胃ろうチューブに注入する。
このあと、もちろん、掃除を兼ねて水を注入する。
それでも、薬がチューブに残っている場合はサイフォンの原理で掃除する。
胃より高い位置にチューブを持って上げけば、上のキャップを外しても問題ないからだ。

以上で、私の胃ろう生活の工夫は完成した。
もっとも、これでも、どうしても両手を使う必要があるし、注射器の扱いには結構力がいる。これができなくなったときが、私の独居生活の終わりだと思う。

胃ろうのための新工夫1(9/4改稿)
2005/09/03

事務椅子改良安楽椅子Ver.2。
車椅子に取り付けるヘッドレストはあったが、一般の事務用椅子に使える物はなかった。
しかし、首の弱りで、椅子生活になってからはどうしても欲しい、ということで、先日、友人が来てくれたときに、座椅子を再利用して作ってみたが、いろいろ不満なところが出てきたので、その不満を元に新バージョンにしたわけだ。
525円で買ってきた合板をそのまま椅子の背もたれに縛り、そこに種々のクッションをくくりつけた。
合板にはノコギリで刻み目を入れて、そこに紐を結んでいるため、ずれることはない。
頭の部分が2段階になっているのは、座り方によって、腰のずらし方が違うので、それにあわせて首の角度が違うことにに対応した。
下の白い座布団は、腰がずり落ちて落ちないようにするため、椅子の座る部分の前の方を高くするためだ。座布団の上と下には、車用の「滑らない、ずれない」ゴムのシートを敷いているので、不安定なようだが、有る程度固定されている。
ベッドで眠っていない時間のほとんどは、この椅子で生活している。

胃ろうの実際。実は、剃毛されていない部分に穴を開けられている。広範囲に剃られた腹の部分は、虚しく毛がはえるのを待っている(笑)。
じゃあ、あの剃毛はいったい何だったんだ! 剃らなくても穴を開けられるではないか!
でも、胃カメラを入れたままで、この部分に穴を開けるので、剃毛をしましょう、なんて言われるよりはましだったが(笑)

胃ろうの消毒グッズ。綿棒と消毒液とY字ガーゼと絆創膏。
このY字ガーゼは大手薬局チェーン店でも売ってない。病院で購入。1枚30円。これらは全て保険が効かずに自費になる。
Y字ガーゼは胃ろう以外にも使い道はありそうだが、一般客には需要がないのだろう。ただ、使ってみて、Y字の切れ込みよりは、「I」字の切れ込みの方が周囲を密着して囲むことが出来るような気もする。

Y字ガーゼを胃ろうの穴の回りに埋め込むように回して、絆創膏で止める。
1日1回、風呂のあとで消毒後に行う。
風呂はつかってもいいし、シャワーももちろんOK。
チューブを一巻きして置いておけるが、私はYシャツのボタンの隙間から外に出して、胸ポケットに入れることにした。胃よりもチューブの先端を高くすることで、逆流によるチューブの汚れが少なくなると思うのだ。

マイクスタンド流用の注入棒の下に、ビニールのレジャーシートを敷き、金属製の薄い本立てにガムテープで貼り付けた。
栄養液は糖分が多く、べとべとして、カーペットや畳だと、こぼしたら取り返しが付かないからだ。
本当は家庭用のビニールプールを使うというアイデアだったが、安売り店に買いに行くと、もう夏も終わりだから、売っていない、と言われたのでレジャーシートにした。380円くらいで済んだから、安く上がった(笑)

紐には輪を三個所作り、一番下の輪をマイクスタンドのつまみ(高さを固定する大きなねじ)にかけると、注入用の袋が下に下りてきて、上がらない腕でも、楽に栄養液を入れることが出来る。
スタンドのつまみにかけた袋からのチューブが袋の位置より高いことに注目して欲しい。
ウッカリして、調節弁を開けたままでも、チューブよりこぼれ落ちない、安全弁第二の仕組みだ。
マイクスタンドの良いところは、一番低くして、干物長さ調節をしたあとで、本体の高さを自由に変えても、紐の長さに変わりがない、という点で、低い位置のままで作業が出来たため、手を上に上げるのが辛い私でも、それほど困難はなかった。まあ、マイクスタンドは、どこの家庭に出もあるという品物ではないけど(笑)


なお、写真の右に写っている白い紐は、蛍光灯のスイッチの紐で、この工夫には何の関係もない。すみません

私に処方されたのは、ラコールという栄養液。
味も成分もカロリーメイトに近いが、それよりはいろんなビタミンやミネラルが入っている。
200mlが200kcalで定価は220円らしい、カロリーメイトより少し高いが保険が効く。私は1日1200mlと処方された。
私の体重には少なすぎるが、酒で足りない分のカロリーを取れと言う意味だろう(笑)
もっとも説明書を見ると全ての微量元素が入っているわけではなく、これだけで生活している人の中で、セレン欠乏(セレンは魚介類など日常食品に含まれているので、普通は欠乏症にはならない)になった人もいると言うから、ミネラル類は飲んだ方がよいかも。

1回分を袋に入れると、紐を引っ張れば、袋は高いところに上がっていく。
三つの輪の一番上の輪を、スタンドのつまみに引っかけると栄養液を入れた袋が一番上に固定される仕組みだ。
最初はマイクスタンドのマイクホルダにガムテープを貼り、そこを通したが、滑りが悪いので、大きなS字フックを使って、外れないようにガムテープで「8の字フック」にした。
紐も最初は荷造り用の紐を使ったが、滑りが悪いと、中身がこぼれる心配があるので、滑りの良い紐に変更した。ただ、それでは輪にした部分の結び目がゆるんでほどける危険性もあるので、その部分にガムテープを貼った上から針金で固定している。見た目は悪いが(笑)

栄養液を、胃ろうにつながったチューブにつなぐ。
このチューブの一番上の部分に栄養液が残るがサイフォンの原理を思い出せば、掃除は簡単だ。
一応、注意しないと、残った物がこびりついて腐敗すると大変だし、薬が残っても困るからだ。
しかし、「母親族」は、「ビタミンをサプリで取ってもダメだ、本物の食品で取らなければ」というけど、これはやはり嘘だな。ちゃんとしたメーカーで抽出したビタミンやミネラルは、こういう形で摂取しても、食品と変わりがないから生きていける。
もっとも、最近流行りのエコンザイムのように、含有量が嘘だったり、ものによっては過剰摂取の問題もあるらしいので、サプリ依存も問題だが

入院日記6−工夫予定
2005/08/31

[8/30記]
入院中、電動ベッドで過ごす中で、幾つか気が付いたことがある。また、初めての胃ろう手術後の注入で、経験してみなければわからない問題点と、その解決法を考えたので、退院後にしてみたい工夫予定を列挙する。多分、うまくいくはずだ。

■ベッドと眠る位置
電動ベッドは大変楽で、なによりも起きる時の努力が少なくて済む。また、私は水平で、かつ、頭を正面(天井向け)に横たわると息が苦しくなるのだが、ベッドが斜めになることで随分楽になった。
ただ、退院すると普通のベッド、というより2段ベッドの下の部分だけなので、そんな機能はない。もちろん、あとどれくらい使えるかわからないので、電動ベッドなどという高価な物を買う気はない。
2段ベッドで良いところは、いわゆる「クッション」部分が無く、板の上に普通の布団を敷いている、という点だ。帰宅したら、頭の部分の布団の下に、座布団を上手く重ねて敷くことで、スムースな傾斜を付けようと思う。どの角度がよいかは、毎晩少しずつ試行錯誤する予定だ。
また、枕は、ずり落ちないようにヒモを取り付ける予定だ。
実は、高知の実家には、父が最後の入院まで使っていた電動ベッドがある。もちろん、私は拘らずに使わせて貰う。もっとも、使う機会があるかどうかはわからないが、背もたれ部分を垂直にしてもずり落ちないようなシーツは工夫しなければいけないと思う。また、枕も同様にひも付きで落下しないようにしなければいけない。

■胃ろう用 栄養剤注入のための設備
両手を肩より上に上げることがつらいため、天井からつるすことはかなりキツイ。
病院では、点滴用の支柱を使って貰って、まず、一番低い位置にしてセットをして、注入が始まると高い位置にセットしたが、高い位置に上げるのも結構つらいし、点滴用支柱なんてものも家にはない。
幸い、前ミュージシャンだったので、ブーム型(横に伸びる棒が付いた)マイクスタンドがある。これを活用して、ヒモとカーテン用の金具を使って、栄養剤注入容器をぶら下げるつもりだ。高さの調節も、点滴用の支柱では両手が必要だが、マイクスタンドなら、てこの原理で、上手くすれば片手でも高さを変えられる。
蛍光灯用の、長さが変わるスイッチ(引っ張るとon off)をご存じだろうか? あの形を応用して、容器を低い位置でヒモに付けたカーテン用金具にかけたあと、紐を引くことで高い位置まであげて、その紐をマイクスタンドのレバーに引っかければ固定される。それをほどけば自動的に低い位置に下りてくるはずだ。
このヒモの予備を作れば、車の中でもルームミラーを使えるし、もし、まだ旅に出る余力が有れば、ホテルでも使えるはずだ。

■薬の注入の工夫
胃ろうになってあとの薬の服用は、基本的には、粉の薬が処方される(錠剤は砕く)ので、それをぬるま湯で溶いて、ディスポ注射器(1週間程度で使い捨てらしい)から、胃ろうチューブに注入する。
薬を溶くのには、コップなどで溶いて注射器で吸い上げる方が簡単だが、後始末の手間がかかるのと、吸い残しが少々出そうだ。病院では、いくつもの薬を一つの薬袋にまとめたあと、注射器に水を入れて、内筒を抜いて、そこに薬を入れたあと、空気を入れてよく振って溶かし、最後に空気を抜いて胃ろうに注入する、という方法を使っていた。
その方法を試させて貰って、なんとかできるが、薬を一つの袋にまとめる段階と、注射器に入れる段階で、両手を使う必要があるし、少しこぼしそうで時間がかかった。
今考えている方法は、1人用のコーヒードリッパー(メリタ式?)のプラスチックの物を購入、ここに薬の袋をテープで固定して、袋の開口部を拡げる。そうすると、こぼさずに入れられる。全部をまとめたら、袋を取り出して、斜めにする。そうすると、底の部分の片方には粉が無くなるはずだから、そこを小さくカットする。その穴から注射器に注げば簡単になるはずだ。
コーヒードリップ用のドリップペーパーは、多分、紙の表面が粗いので、残ってしまいそうなので採用しない(もちろん、一度薬以外の粉で実験予定)。
また、薬の量が多くなると、キッチン用の使い捨ての小さなビニール袋(スーパーで魚などを入れる薄いヤツ)も視野に入れている。
ただ、この方法でも、注射器に薬を入れるとき、片手で注射器の出口を指で塞いぎながら持ち、片手で薬を入れる必要がある。つまり両手を使わなければいけないが、左手が使えなくなると出来なくなる。
今考えているのが、ペン立てに針金で注射器を有る程度固定できるような枠を作り、ラップで注射器の出口をくるくると巻き、ラップをちぎって、そこに置くという方法だが、これは帰宅後、やってみないとわからない。

これらの方法は、実験後、改めて画像付き(セルフタイマーなので大変だが、訪問看護が始まったら頼んでみようか・・・)で報告する。事務用椅子のヘッドレスト付き改造もver2に進化しているので、それも紹介したい。
胃ろう手術の詳細や、胃ろうの消毒も含めて、ベアこと谷岡風極私的報告を別コンテンツで紹介する予定だ。

[8/31追記]
退院が金曜日に決まり、今日8/31夜、洗濯や胃ろう生活開始準備のため、外泊が認められた。
この項の「工夫」のうち、実際にやってみると、「ラップ利用」はうまくいかなかったが、もっと簡単な方法を見つけた。
他にも、いくつか、想定したものとは違う工夫になった物もあるが、詳細は画像付きで、後日。

入院日記5−2時間ドラマ
2005/08/31

[8/29記]
約10日間の入院生活を決めたとき、一番悩んだのが、インターネット接続だ。
もちろん、仕事やHP管理、メールのこともあるが、10日間寝たきりで何もしない生活なんて耐えきることが出来ないのは目に見えている。

幸い、パソコンの持ち込みは許可されたが、インターネット接続環境は当然ないという。
携帯電話は電源オンでの持ち込みは不可だから、携帯利用のモバイル通信は出来ない。
PHSという選択肢もあるが、PHSを許可しているかどうか、また、病院がPHSのサービスエリアに入っているかどうかわからない。携帯と違って、PHSは無線基地局がカバーするエリアが狭いので、PHS会社のHPにあるサービスエリア地図の範囲内でも、使えない地域は結構ある。わずか10日だし、インターネット接続は完全に諦めた。
しかし、10日分の本となると、文庫本を30冊は持ち込まなければいけなくて、重さだけでもぞっとする。

幸い、旅行の前後から、テレビの昼間に再放送される2時間ドラマのミステリー劇場や、サスペンス劇場、あるいは刑事物や時代劇の1時間ドラマのデジタル録画した物がかなりある。
これをノートパソコンに移動した。
約、35GB、wmv9形式の小サイズ録画なので、画質は良くないが約100時間分。つまり、入院生活は、「ミステリー、サスペンスの見まくりの日々」でもあったのだ(笑)。

私は、元々テレビは、映画とお笑い番組、ニュース以外は余り見ていなかった。映画も洋画がメインで、邦画もテレビドラマも、かなり苦手だった。もっとも、時代劇は好きで、昔の「放浪雲」にはかなり影響を受けたし、最近の「八丁堀の七人」の青山のセリフ回しも好きで、思わず真似てしまっていたのだが(笑)。

そんな、日頃見ていない2時間ドラマのミステリーものだが、推理小説は昔から、SF、戦争物、冒険小説、時代小説と並んで、かなり熱心な読者だった。
だから、そういう「ミステリーファン」から見ると、かなり「ショック」を受けた。
もちろん、原作がしっかりした推理作家のもので、原作の枠を崩してない物は構成もがっちりしていて、安心してみられるのだが、テレビ独自のシリーズや、トリックと犯罪だけ原作を活かして登場人物などを「独自に改悪」したものは散々だった。
例えば、刑事の妻が襲われて、それを救った人が襲撃犯に刺され、そこへ駆けつけた旦那の刑事が「殺人未遂現場を目撃した妻」に対して事情聴取もせずに、救ってくれた人を運ぶ救急車に同乗し、妻に対して「真っ直ぐ帰宅しろ」と言いつけて、妻は帰ろうとしたが、襲撃犯が落とした免許証を見つけ、そこにある住所へ一人で乗り込み、そこで襲撃犯が殺されているのを見つける。って、いくら「コメディ仕立て」でもあり得なくないか? 吉本新喜劇でもここまで恥ずかしくはないぞ(笑)。

まあ、突っ込み個所は限りなくあるが(笑)、それはともかく、意外に「復讐のための連続殺人」が多い。
多くの場合、複数の「仇」のうち、一番大物だけを残し、最後にそいつを殺そうとする現場に、刑事や主人公がかけつけ、「これ以上罪を重ねるな」、「××(仇に殺された子供や妻など)は、そんなことをしても喜ばない」、「こいつら(仇)の罪は法が裁く」というお決まりのセリフで、最後の復讐殺人を阻止するパターンが多い。
中には珍しく、説得を聞かずに復讐をやり遂げるケースもあるが、そんなときは素直に嬉しく感じた。
「死刑制度」とは、「国が国民を殺すことを容認する」、あるいは「国に委託する」制度だ。それは同時に、「戦争で死地へ向かって突撃を命ずる」ことを容認することと同じではないか、と思った。
例えば詐欺の被害にあって自殺した身内の復讐を諦めて、法に委ねたとしても、詐欺犯は実質的に数年の懲役で社会に戻り、うまくせしめた金を隠していたら、豪華な生活を再開できる。一方、復讐の連続殺人犯は、殺した人数によったら死刑だ。

「殺してやりたい」という気持は理解する。だから、折角ドラマにもなるのだったら、最後まで殺させてやりたい(笑)。でも、「これ以上罪を重ねるな」と説得する前に、最初から「罪を犯さなくて済む」状況にすべきだ。
そして、「殺したい」と言うことは、「殺されても良い」と言うことだ。死刑制度のいやらしさは、死刑判決をする裁判官、死刑執行命令を出す法務大臣、死刑執行ボタンを押す刑務官が、本当は一人の人間であるのに「国家」のスカートに隠れて、「正しいことをやっている」と自己正当化していることだと思う。私が裁判官なら絶対死刑判決を出す「勇気」はなかったと思う。
一番コワイ物は、「死を覚悟した人間」だ。
だからこそ、ヤクザで一番コワイのは、計算の出来ないチンピラだし(笑)、殺し合いが前提の兵士でも「カミカゼ」は恐れられる。そして、「自爆テロ」も含めて、狂信者を止める理屈はない。
「刑罰」にゆって罪を犯す人に対する抑止力とする方法の限界は、「二人殺しても三人殺しても同じ」という論理や、「私はもう死を覚悟している」という人に対して、「死刑」も含めてどのような刑罰も無効になると言うことだと思う。

ただ、これらの2時間ドラマの脚本家達に、そのあたりをどこまで理解している人が居るかは疑問だ。「おおいなるパターン」に、作る側も見る側も侵されていると思う。
石坂浩二の水戸黄門の再放送を見て、それがよくわかった。彼は、黄門役を受けたとき、今までのパターンとは違って、史実を元にしたいと言ったらしい。細かなこだわりは、「大阪」を「おおざか」と言い続けていたり、水戸黄門でははじめて見た「フラッシュバック」を多用した倒錯形式の構成とか、彼の意欲を感じると同時に、だから受けなかったと思った。私的には、子役の使い方以外は、石坂黄門は意外に好きだ。
結局、制作側の言い訳である「視聴者がそれを望んでいる=アホな視聴者」論はある意味で真実だ。だから、アホなヤツが首相になったりする(笑)。
「大ヒットした作品は見ない、読まない」という私の方針は間違ってなかったのだ(笑)。

あ、徳川幕府が崩壊した理由がわかった。暴れん坊将軍が、毎週のように老中から勘定奉行などの幕府要職を成敗したためだ(笑)。

入院日記4−断食
2005/08/31

[8/28記]
22日の夜に作った粉砕食が、私が最後の食べた固形物だった。23日の朝兼昼食は、カロリーメイトを2缶飲んだだけで、入院した。入院当日は、それ以外に一切水分も取らず、翌24日は熊笹茶の500ccのペットボトル1本を飲んだだけだ。手術当日から、28日の朝まで、飲食を禁じられた。
幸い、術後の経過が順調だったので、28日朝には胃ろうの穴から、栄養食を流しこむことになった。
水分も含めて、88時間、一切のものが喉を通っていない。食事と言うことなら130時間、胃の中には胃カメラ以外入っていない(笑)。

もちろん、23日の夕方から、栄養液の点滴を受けているから、体が必要とするものは充分の筈だ。しかし、胃の中が空っぽのため、空腹感は憶えている。もっとも、空腹感なのか、術後の胃の痛みなのか、判然としない部分があるし、もし鎮痛剤では空腹感を解消できないものだとしたら、空腹感ではなかったのかも知れない。
たしかに、むせが激しくなってきてからは、食事は、生き延びるための苦痛を我慢する儀式と化していて、食欲はほとんど無くなっていた。少し面倒になると、カロリーメイトやプリンで食事代わりにして、まともな食事は1日一回と言うことも少なくなくなっていた。
面白いのは、唇はカサカサだが、口の中はや喉は渇かないのだ。飲み水で喉か潤うのではなく、体内に入った水分がいったん吸収されて、唾液として喉に回ることで渇きが無くなっているのだろう。唾液が一日1.5リッタも出ている、という理由がわかった。ただし、口の中は決して爽快ではない(笑)。

明日には注入が始まるという前日、27日の昼間、少し気になって、看護師に頼んで体重計を使わせて貰った。67.8kg、約3kg強、減少していた。必要な栄養は全て入っているとしても、カロリーまではカバーできなかったと言うことだろう。当然、便は21日を最後として、一切出ていない。若干の便意はあったが、全て空砲だ(笑)。

もう一つ、主治医の指示で、23日の夕方から、薬の服用もストップしていた。リルテックのような不確かな薬はともかく、高血圧の薬の服用を止めることで、リバウンドがあるのではないかと心配だったが、安静にしていれば普通は大丈夫で、毎日測定して、血圧が上がれば服用を再開するという主治医の言葉の通り、130後半〜90ちょっとという、いつもの血圧に変化はなかった。いつも飲んでる高血圧の薬の効果って?(笑)

27日の深夜、看護師が私の側で動くので、浅い眠りから目覚めた。胸の栄養点滴が外れているという、針には触らず、いろいろ修復しようとしたがどうも修復不能で、ちょうど翌日から胃ろうへの注入が始まり、栄養点滴は補助的になることもあり、腕に針を刺すという。
母に似て、私も血管は出づらい上に、どうも痩せこけつつはあるが、以前の硬さが残っているらしく、なかなか場所が決まらない。そこへ宿直らしい男性医師がやってきて、胸の点滴の針を外した。不思議に思って、あとで看護師に尋ねたら、腕などへの注射は看護師でも出来るけど、胸などへの注射は医師の手でないと出来ないらしい。結局、左手への新しい点滴も、何回も刺しなおしたあと、医師の手で点滴が始まった。
今までの経験からすると、医師とか看護師とかの資格の問題と、注射の上手下手は無関係で、ベテランの看護師に非常に上手い人が多い。まあ、たしかに、胸などへの注射は危険が大きいことは理解できるが、このあたりの切り分t@
けは、理容師はできるが美容師はしてはいけない髭剃り、の様な感じがしないでもなかった。

28日、いよいよ胃ろうへの栄養液注入が始まった。
初めての病院での日曜日、売店も院内薬局も休みで、主治医も休み。実は、28日に栄養液注入開始と言われていたのか、27日の夕方、突然「28日は院内薬局も休みで、29日からになるかも知れない」と看護師に言われてあせったのだ。
別に栄養液が早く欲しいわけではない(笑)。
栄養液注入の日程が遅れると、当然、点滴が取れるのも遅い。そうなると、寝るときの姿勢の制限も1日長くなるし、完全介護入浴以外では、髪も洗えない。もちろん退院も遅れる。
「そんなのないよ!、28日と聞いていたし、薬局が休みというのなら、今日から注入と手続きをして、実際は明日からで良いから、栄養液や注入器具を確保して、なんとか明日から開始できるように頼んでよ」と看護師にお願いをして、そういう便法が通ったかどうかは定かではないが、なんとか今日からの注入が始まるという経緯があったのだ。

最初の注入は、気持ち悪くなる人が居たり、吐き気がする人もいるというので、ゆっくりとはじめたが、全く問題はない。
昼は作業の少しを自分でやらせて貰い、夜は準備と洗いもの以外は、全部一人でやらせて貰った。なにしろ帰宅したら独居なのだから、当然習熟するしかない。

実は一番困ったのが、栄養液注入も、点滴と同じく、重力を利用するため、栄養液が入った容器を高いところにつり下げる必要がある。もちろん、私の家にはその様な棒はないし、あったとしても一旦低い位置まで下ろして、取り付けたあと、高く上げなければいけない。なにしろ、洗濯を干す棒すら、自分の胸の位置まで下げているのだ。

しかし、良い道具を思い出した、私はピアノの弾き語りをやっていたので、ブーム型のマイクスタンドが録音用に1台ある。電子ピアノを「そろ行こ!」会場のお店に寄贈したとき、このスタンドも持って行こうと思ったのだが、運ぶのが大変だったので、残していた。これを利用すれば、なんとかなる。頭の中に、取り付けるための器具の構想も浮かんだ。ヒモとカーテンレール用の取り付け金具だ。

あとは、一刻も早い退院許可だけだ。栄養液注入には何のストレスもない。ただ、どんな味かがわからない。帰宅したら、最初に味を見てやるのだ。もっとも、味を見て、後悔するかも知れないという危惧もあるが(笑)。

入院日記3−ナースコール
2005/08/31

[8/26記]
入院したベッドには、ナースコール用のボタンが付いている。手術直後の患者を管理する、ICU系の病棟だから当然だ。しかし、このナースコール、どうも、世の中には、このボタンを押しすぎる系統の人と、押さなさすぎる系統の人が存在するようだ。

私のベッドの斜め前に、人工呼吸器と胃ろうの両方の手術を受けた患者が居た。かなり年配の人だが、様子を見ると、手はまだ動いていて、時々は掌に指で字を書いているようだ。この人が実によくナースコールを使う。もちろん、人工呼吸器による痰の吸引は、頻繁に呼ぶのが当然だ。吸飲してもらわないと苦しいだけではなく、死ぬ可能性もある。ただこの人は、足の位置を動かして欲しいとか、体に掛けているタオルケットの数を調整して欲しいという用事でも呼ぶ。これも、自分で動かせない以上は呼ぶしかないのだが、見ていると、「何をして欲しいか」を明確にしない。指が動いて字が書ける以上、して欲しいことを明確にすればよいのに、数分おきにナースコールをしてしまう。温厚で明るい看護師も、困っている。もちろん、患者にとって、看護や介護に当たる人が「自分の気持ちをわかって欲しい」と思うことは、当然とまでは言わなくとも、仕方がないことであると思う。でも、同時に、その手段がある間は、「何を求めているかを伝えようとする努力」は不可欠だと思う。

私が埼玉での独居を決め、未だに高知に帰ることにためらいを憶えているのもそこが原因だ。もちろん、私の伝えようとする努力が足りないと言うこともあったのではあろうが、状況を理解していないまま「わかろうとする」気がないのでは、お互いにうまく行かないと思う。周囲にパソコンや筆記用具がない状況では、「yes no以外の答えが必要な質問をされても答えようがない」から、「yes no」で済むような質問をして欲しい。しかも、質問をした時は、こちらの様子を見て貰わないと困るのだ。他のことをしていて、こちらを見ていない状況で質問されても、「yes no」という言葉を発することは出来ないのだから、答えを耳で聞くことはできないということを理解してもらわないと困る。介護とは家事の延長線ではないこと、患者がどういう状況であるかということを理解しようと言う気持がないと、お互いに不幸だと思う。

で、この「患者様」は、伝えようとする努力をあまりしないまま、「わかれ」と言っているようにしか感じられない。

母の介護で病院に詰めていたとき、感じたのだが、声を上げて自己主張をするタイプと、黙って待っているタイプが居る。食事後の薬を飲む順番などで、少しでも遅れると声高に「薬はまだか」と請求する人と、看護師が持ってきてくれるまで黙って待っている人がいた。母は明らかに後者だった。

私も多分後者だが、母とは少し違うようだ。遅いとさっさと引き上げると思う(笑)。
介護についてもそうかも知れない。今一番欲しいのは、介護が必要になったとき、利用できる体制が欲しいということなのだ。必要になって、申請して、審査や事務的手続きで介護が認められるまでに1−2ヶ月かかるようでは不安なのだ。でも、利用できるようになっても、目一杯使おうとはしないと思う。必要不可欠で最小限しか利用しないと思う。
ナースコールボタンがないことが不安なら、ボタンを設置しろとまでは声高に主張する(笑)。でも、設置されたらそれで満足して、余り使わないと思う。

胃ろう手術のあと、やはり手術跡が痛む。しかし、鎮痛剤は、座薬で、しかも自分では入れないで看護師さんに入れて貰わなければならない。もちろん、座薬を入れて貰うなんて、幼いときはあったかも知れないが初体験だ。しかし、痛みには勝てず、3回入れて貰ったが、どうもナースコールボタンが押せない。幸い、痰の吸引などで、看護師は頻繁に病室に出入りする。彼女たちはさすがにプロで、病室に出入りする時、他の患者の様子にも目を配る。そのときに、視線が合うのを待って、鎮痛剤が欲しい、と書いたメモを見せるのだ。
もっとも、本当は、過剰に使う患者と並んで、過少にしか使わない患者も、医療側にとっては困った患者なのかも知れないのだが・・・。

数ヶ月間、一人しか居ない環境に慣れすぎていた。5人の患者と同室はしているが会話はない。だれもしゃべれないからだ(笑)。しかし、看護師の数は多い。24時間看護のICUだから当然で、シフト勤務だからこの5日間で10数人の看護師に逢った。彼女たちは、コミュニケーションを取ろうと話しかけてくる。また他の患者達には、家族の見舞いや介護士が訪問してくる。その人達からも話かけられることもある。正直、とまどっている。
入院が「楽だ」というのは嘘だ。金持ちで個室に入る人ならともかく、ともかく眠れない。
私への励ましメールや書き込みに、「好みのタイプの看護師を見つけて口説きなさい」という物が少なくないが、そんな余裕があるか!(笑)
ともかく、落ち着かない。一人の生活に戻りたい。
でも、もしかすると、退院して独居の自分の部屋に帰ったとき、ナースコールボタンが欲しくなるのかも知れない。そのボタンを押したとき、ベルの音は、どこで鳴るのだろうか?

入院日記2−手術
2005/08/31

[8/25記]
台風の前兆か、激しく叩きつける雨の中、入院している病棟を出た。胃ろう手術は近所の別の病院で受けるために、主治医と看護師が付き添ってくれて、救急車仕様の車に車椅子で運び込まれた。救急車って、クッション良くないなぁ。

実は、胃ろう手術を受けた後の生活がどうなるかについてはそれなりに調べたが、手術そのものについては余り調べず、安易な気持で手術を決断していたのだ。出発前の事前説明で、胃カメラだけが苦しくて手術そのものは簡単だ、と言われて、少しいやな予感を憶えた。
手術台に上がったとたんに、異な物を口に付けられた。強制的に、口から胃カメラを送り込むためのプラスチックの「穴」の回りにスポンジを付けたものだ。エロ少年でもあった私は、「あ、これ、SMプレイで使うものだ」と、初見にもかかわらずすぐわかった(笑)。しかし、この装着だけで、大変だった。
と言うのも、下の前歯2本が、ぐらつきだしていたのを、もう、食べることもないと治療を放置していたのだが、この器具を付けられたとたんに本能的に強い力で歯を食いしばると、歯が痛くて耐えきれないのだ。なんとか身振り手振りで状況を説明し、自分で装着位置を調節させて貰い、普通より左の奥で、傷む歯に力がかかる度合いが少ないポジションを見つけた。しかし、それでも激痛は走る。そこで、力が未だある右手を下あごに添えて、自分の手で、締まる下あごを押し下げることが出来るようにした。

準備が出来たとたんに、胃カメラを見た。おい! ちょっと待てよ!
耳鼻科では何回かグラスファイバーのカメラを使われたことがあるが、人間ドックや健康診断を受けことがないので、胃カメラははじめて見た。しかし、これが標準サイズなのか?直径2pは超えるブットイケーブルを見たとたんに、怖気を震った。しかし、容赦なくケーブルは突っ込まれる。痛い、ではない。痛みならかなり我慢強い方だ。吐き気と違和感と、何とも表現の出来ない根源的な拒否感に襲われた。しかし、容赦なく、胃カメラは胃に突っ込まれ、医師達が映像を見ながら、どこに穴を開けるかの検討を始める。しかも、照明の問題でよく見えないとかで、部屋の電気を付けたり消したり、余計な時間が過ぎる。そんなことは事前に調整しといてくれよ(笑)。

右手で下あごを押し上げるのに夢中で、自分の仕事を忘れていた(笑)。頭をムリヤリねじ曲げると、胃カメラの映像と、その脇に立つ若い医師が準備しているのが見えた。細いワイアで、先端が投げ縄状に丸くなっている物を、胃カメラのケーブルに送り込む準備をしていた。それを見たとたん、作業工程が見えた。

フリーター時代、電話線をマンホールに引き込む仕事をしていたことがある。まず出口側のマンホールの蓋から、ワイアを入れて、入口側まで運ぶ。そのワイアを入口側の蓋から外に出し、路上に置かれた電話ケーブルに引っかけて、ワイアを出口側から引っ張ると、電話ケーブルが引き込まれていく。それと同じやり方なのだ。

つまり、腹を切り、穴を開けて、そこからフック付きワイアの先端を胃の中に突っ込む。そのワイアのフックに、胃カメラ側の中を通した投げ縄状の先端を持つワイアで引っかける。そして、胃カメラを抜くと、腹の外から刺したワイアが口を通して引っ張り出される。そのワイアに、今度は、胃の内壁から外へ出る経路と、それを抜けないように固定させる装具(バルーン型とバンパー型があるらしい)を絡ませて、ワイアを腹の外から引っ張るとその装具が胃の中にはいるという仕掛けだと推測してが、それは間違いなかった。

やっと穴を開ける位置が決まり、メスで切開したようだが、そちらの方は良く見えない。胃カメラの映像で内側の画像は見える。予想通り、胃カメラ側で外から突っ込まれたフック付きワイアを引っかけて、胃カメラのケーブルを抜く。抜くときは、突っ込まれるときの苦しみとはまた別の苦しみがあるな、と感じた。
そして、口から出たワイアに、装具を結びつけ、装具が途中で引っかからないように、やはり大きめの管を通して、胃の中に引っ張り込まれる。途中少しもたもたしたが、なんとか胃の中に収まったようで、装具を通していた管も口から抜かれる。
やれやれ、地獄の責め苦も終わったかと力を抜いたとたん、また胃カメラを突っ込まれた・・・。

手術の間、看護師はばたつく私の足を押さえてくれていたし、主治医は「もうすぐ終わるから、もう少しの辛抱だ」と何回も声を掛けてくれていた。しかし、「田舎の道案内」のように、最初の「もうすぐだ」と最後の「もうすぐだ」では、終わるまでの時間が全然違うこと気にしないタイプと、あと何キロと明確な数字を出してくれた方が元気が出るタイプがあると思う。私は明らかに後者で、どういう工程があって、各工程でどの程度の時間がかかる、と教えられていた方が、絶対に我慢しやすい。特に、勝手にこれで終わったとほっとしたとたんの、最後の一撃のダメージが大きかった(笑)。

後で考えれば、胃カメラをもう一度入れるのは不可欠な作業で、胃の内部での装具がどのように装着されたかを確認する必要があるのは当然だ。しかし、その時は、やっと抜け出た地獄に再度突き落とされたとしか思えなかった。

もっとも二度目の胃カメラは短時間で抜かれた。そして、それが本当の終わりだった。

胃カメラを突っ込まれて、抜き出すまで、15分程度だったのだろうか? どうも時間感覚があやふやだが、病室を出て、帰ってくるまでが約1時間だから、その程度だったような気がする。

しかし、この胃カメラ地獄を事前に知っていたら、胃ろう手術を受ける決心に至るまでの時間がもう少しかかっていたような気がする。これで、胃ろうによる栄養補強が楽にならなければ、本気で怒るぞ(笑)。

入院日記1−剃毛
2005/08/31

[8/24記]
独居だから、入院のための準備も全て自分でやるしかない。事前に渡された「持参すべき物」のリストの内、タオルやバスタオル、下着などは、前日、車に積み込んでいた。しかし、リンスインシャンプー(介護入浴の手間を省くためだろう)、ボディソープ、ヘアブラシなどは家では使ってない。家を出たあと、病院に向かう途中で、パソコン用の電源延長ケーブルなども含めて全てを購入した。これらの全てが100均で揃ってしまうからありがたい。

入院当日、手続きをすませて、6人部屋に入室したらすぐに、剃毛を言い渡された。今日から食事をせずに、手術が終わって、胃の中に栄養液を流し込めるようになるまで、点滴で血管に栄養を流し込むのだが、大きい針を刺すため、胸をつかう。ところが、私は、縄文系多毛人なので、髭だけではなく、胸毛も凄いんです(笑)。で、針を刺すことそのものと、固定用のテープを剥がすときに痛いので剃毛をするというのだ。点滴で栄養をとるであろうことは覚悟していたが、剃毛は想定の範囲外だった。
しかも、翌日は、胃に穴を開けるあたりの腹毛も剃るし、髭も剃るという。気管切開はしないのだが、というと、手術の際、口から管を入れるので、髭が邪魔になると言うのだ・・・。

点滴がはじまり、薬を飲むつもりで買っていったプリンは、特に変化がない限り薬は服用しなくて良いというので、没シュート(笑)。夜9時に消灯になり、朝6時まで、眠れない一夜を過ごす。
空咳などで、同室の患者に迷惑を掛けるといけないと心配していたのだが、私が入院した病棟はNICUで手術のための短期入院専用、しかも、ALS患者も多く、同室の人は、胃ろうや気管切開手術を受けた人が多い。気管切開や人工呼吸器を付けた患者は、1時間おきくらいに痰の吸引が必要だ。ほとんどの人がしゃべれないため静かだが、吸引をするために人工呼吸器を外すときのアラーム音や看護師の出入りがうるさく、私が心配を掛けるかも知れないというのは杞憂だった(笑)。
しかし、それを見ているだけで、「在宅の人工呼吸器」療養は、よほどの覚悟がないと、本人にとっても家族にとっても地獄になることが実感できた。

翌日、大変な経験をしてしまった。腹毛と髭を剃るというのは約束だったが、なんと、そのまま浴室まで連れて行かれたのだ。入院時に、「私は介護無しで入浴できる」と書いて念を押していたのに、座って首が垂れた状態では髭を剃れないので、とストレッチャーに乗せられたのだ。そして、髭と腹毛を剃られたあと、そのまま病衣と下着をはぎ取られてしまったのだ(笑)。女性の看護師二人に、ありがとうとお礼を言わなければいけないのだろうが・・・。
まあ、そう言う入浴もさることながら、剃毛で出た毛の処理をするためか、別の病棟の浴室を使うことにしたようで、病室から浴室まで、ストレッチャーで運ばれる経路が問題で、外来待合いを通ったのだ。行きはまだ良かった。帰りはなんと、素っ裸の上にバスタオルとタオルケットを乗せられただけ。逮捕された犯人が、顔を隠す気持ちがよくわかった。手とタオルで、顔を隠してしまった私なのだ(笑)。

夕方、病院の玄関に出て、しばらくのタバコの吸い納めをする。手術後、胃が落ち着くまでは禁煙を言い渡されている。
遠くの空が黒い雲に覆われている。雷雲のようだ。入院初日の夜は一時的な土砂降りになったようだが、今夜はどうだろう。いよいよ、明日は手術だ。

9月はじめまで
2005/08/23

胃ろう手術のための入院で、その間。インターネット接続環境がないので、日記も更新できません。
退院したら、報告します。

最後の料理?
2005/08/22

胃ろうをしたからと言って、経口での食事をしなくなるわけではない。嚥下障害が治癒するような病気の場合、一旦、胃ろうをしても、治癒して食事が出来るようになれば、胃ろうの穴を閉鎖すれば、自然に穴も塞がるらしい。
ALSの場合は治癒することはないし、食事の労苦を思えば、もうしばらく「喉ごしの気持ちよさ」を味わえる間は第三の麦酒を飲み続けるつもりだが、食事は栄養液にするつもりだ。
つまり、今日の夕食が、多分私が作る最後の食事になると思う。

完全粉砕食になってから、あまり料理のことを書いていなかったので、最後に、私なりの「食事の総括」をしてみる(笑)。

独居の自炊で、手の力が弱っているため、調理はもちろん、後かたづけの洗い物も出来るだけ手を抜きたい。特に、食器類は軽いものにしたが、唯一フードプロセッサの容器はガラス製で重い。取っ手付きだからなんとか洗えるが、それでも、一回の食事に何種類ものオカズを作って、一つずつ粉砕するなどという手間は、とてもかけることはできない。そのため、ここ2ヶ月は、オール・イン・ワンの「おかゆ丼」専門だった。

刻み食から、粉砕食に変わり始めた頃は、寿司をフードプロセッサに書けて食べたこともある(笑)。ただ、御飯粒を潰して「糊」として使えることでわかるように、「米の飯」は粉砕しようとすると粘り気が出てきて、団子のようになる。このため、お酢に白だしと少しの砂糖、醤油を水で少し薄めた汁をちょっずつ入れて、粘り気を少なくしていた。

しかし、完全粉砕食になってからは、ほとんど同じものだ。

まず、牛肉、豚肉、鶏肉、挽肉、何でも良いから肉を300gほど軽く炒める。そこへ、砂糖、醤油、味醂、ダシの素、時には酒も入れて、水で濃さを調節する。同じ味付けで飽きたときは、コンソメにしたり、「インスタント生みそ汁」の時もある。胡椒だけはただでさえむせるので禁じた(笑)。で、煮立ってきたら、そこに、タマネギ、レタス、冷凍いんげん、冷凍カットほうれん草、冷凍カットネギなどの野菜を2−3種類入れて煮込む。
充分煮込んだら、それをフードプロセッサで粉砕するわけだが、ミキサーなどと違って、フードプロセッサは、汁気が多いものは飛び散って大変なことになる(笑)。私は、天ぷら・フライ用の金網のカス取りで、汁を切りながら、フードプロセッサに移した。この時、もちろん汁は捨てないように(笑)。
フードプロセッサでは、やりすぎるくらい粉砕した方が、細かくなる。
ただ、挽肉は、どうも粉砕してもつぶつぶ感が強く、一番良いのは、冷しゃぶ用やしゃぶしゃぶ用の薄くスライスした物がよい。もちろん、冷凍の輸入肉で安いものが粉砕されやすいと思う。もっとも、私は高い肉は使ったことがなくて、100g50〜128円で充分だ(笑)。
粉砕した物をおかゆの上に乗せて、生卵と、さきほど残しておいた汁を混ぜて、味と粘度を調整する。
どうも私は、粘度が強いと飲み込めなくて、いわゆる「とろみ剤」(増粘剤)はほとんど使わなかった。

肉のかわりにうなぎを粉砕すれば、「鰻おかゆ丼」だし、マグロの中落ちなら「マグロおかゆ丼」、刺身各種を粉砕すれば「海鮮おかゆ丼」だ。
また、トンカツや、鶏の唐揚げ、あるいはハンバーグなどを粉砕して乗せるときもあるが、この場合は、ソースでは少しおかゆに合わないため、各種の合わせ調味料をつくる。

なんてかくと、手が込んでいるような誤解を与えるかも知れないが(笑)、調理を始めて10分もあれば充分だ。なにしろ一種類しか作らないからだ。

で、作った物を夕食だけで食べきれるわけはない。残りは冷蔵庫に入れておいて、豆腐を潰した物にからめて、晩酌のつまみにしたり、時には朝食にも使う。

その点を考えると、どうも私は食通ではなかったようだ。いくらしょうがないとは言え、こんなパターンの食事を2ヶ月も続けていて、特に苦痛には感じなかったからだ(笑)。

なお、これは私の場合の特殊例かも知れないが、「冷たいおかゆ丼」の方が、「温かいおかゆ丼」よりも、むせが少なかったような気がする。
また、1回の食事にむせのための中断などで時間を取られることもあり、ずっと一日2食を続けてきた。江戸時代までは、日本人は2食が普通だったらしいし、全く問題なかった。

さて、思ったより胃ろう手術を早く受けることになったので、買い置きのレトルトおかゆや、レトルトカレーなどが余ってしまった。どうしよう?(笑)

ボッタクリと依存
2005/08/21

日常生活で一番辛いのが、痰と首の前垂れであることは何回も書いたが、首の前垂れについては、首を固定する頸椎カラーである、フィラデルフィアカラーというものを使用してきた。さいわい、医療用として国保が効き、自己負担分の残りも重度障害で補填され、2万数千円という高い代金も、自己負担は無かった(もっとも、全額立替で、還付されたのは4ヶ月後だが・・・)。
しかし、首の筋力の弱りはどんどん進行し、カラーを付けていてもかなり傾斜する上に、カラーを止めるマジックテープの接着力が弱ってきて、強い圧力に耐えきれず、時々外れるようになった。
手術の日程を決める日の午後、装具の業者が病院に来るというので、リハビリ科の人と一緒に、新しい保持装具を見せて貰った。

今回見せて貰ったのは2種類。ヘッドマスターカラーとアドフィットUDカラーというものだった。前者は、軽い上に、喉の部分が開いているため、フィラデルフィアカラーに比べると装着感は楽だが、支持部が肋骨に当たり、タオルなどを当てないと少し辛いし、首の固定度は今のものより落ちる。後者は、固定度は少し上がるが、一人で装着するには、少しむつかしくなる。しかし、それ以上に値段の問題で購入を諦めた。

前者は3万円強、後者は4万円強。特に前者の値段には驚いた。
というのも、前者の構造は、1mもない軽量パイプ(材質は不明)を微妙に複雑に折り曲げてつなげ、その回りを薄い布で覆った本体に、装着用の少し特殊な布が2枚だけ。もちろん、折り曲げ方自体は、研究開発のコストもかかり、また、実際に折り曲げるのは大変だとは理解できるが、材料費は、どう高く見積もっても数千円としか思えない。
しかも、一度装着しただけで、素人の私でも、改良できる点が3点は思いつけた。例えば、製品は全部丸いパイプだが、顎を乗せるせる部分と、胸で支える部分を、少し平に潰すだけで、支持力が上がり、圧力も分散できると思う。そして、パイプを覆う布も、厚みを持たせてクッションを入れるべきだし、装着用の布も、もっと接着部分を長くして余裕を持たせることで装着が楽になるはずだ。
3万円有れば、私の体格にあったオーダーメイドで、もっと良いものができると思った。
おそらくは、一度「保険適用になる医療器具」として認可されると、「改良」をすると、また諸手続でコストや手間がかかるために、素人でもわかる改良点を、改良しようとしないのではないかと思う。

昔、パソコンが今のように、ハードディスクどころかフロッピィディスクも無かった頃、プログラムはカセットテープで保存していた時代があった。その当時、「パソコン用カセットテープ」と言う名の商品は、普通の音楽用カセットテープと同じものが2〜3倍の値段で売られていた。

介護系商品が高いのは、それと同じ構造があると思うが、特に「保険が効く商品」はそれ以上の問題があると思う。

正直言って、3万円強の商品でも、3割の自己負担だったら1万円になる。「消費者感覚」からすれば、1万円なのだ。まして、私のように重度身障者で、収入が少ないと、一時立て替えは必要だが、「タダ」になる。もちろん、そのためには、「医者が治療のために必要である」という証明を出し、それが審査で通らなければいけない。だから、ユーザ側が「タダで貰えるから買う」というわけではない。
私がタイトルで書いた「依存」というのは、「ユーザが制度に依存している」という意味ではなく、「メーカと業者が制度に依存している」という意味なのだ。

「販売価格」は、「必要度」と「ユーザの購買力」にかかっている。どんなことがあっても必要なものは高くても買いたい。しかし、お金がなければ、買えない物は買えない。だから、メーカは「買って貰えるギリギリ」まで価格を下げる努力をするのが普通だ。そして、競争が激しくなれば、コスト割れギリギリまで価格も下がるし、時にはコスト割れすら起こりえる。
ところが、このような商品は、「ユーザの購買力」はほとんど考慮する必要がない。考慮するとしても「自己負担分」だけでよいし、むしろ、「その商品を薦める医療スタッフ」への売り込みかメインになるのだ。だから、営業コストは書けても問題ないが、価格引き下げ圧力はない。まして、「改良することに、手続き等のコストがかかる」のでは、改良はしない方が得なのだ。

頸椎カラーの耐用期間は2年だという。私の使っている物は、まだ半年も使っていないのにマジックテープにガタがきている。修理には1週間ほど預かる必要があるし、その間の代替品はないし、もう一個購入する場合は自費だという。

結局、今回、二つの商品の購入は止めた。修理も入院時に考える。最悪、100均でマジックテープを買ってきて、自分でなんとかできるような気がするからだ(笑)。

それにしても、「医療費抑制」や、「介護費削減」は、患者や利用者の利用を制限する前に、「メーカ価格」と「メーカが依存できるシステム」を変えることで大幅に変わる気がするのだ。

入院
2005/08/20

胃ろう手術の日程が決まった。
胃に穴を開けて、そこにパイプのような物を取り付け、食事のかわりに栄養液を流しこむわけだ。

既に、調子が悪いときは、食事に2時間くらいかかり、しかもその間何度も、「むせ」で中断していた。一度むせ始めると、15分くらい、呼吸困難な状態になり、汗と涙、という状態だったので、これで幾分かは楽になると期待している。

ただ、手術自体は簡単なもので、全然安心しているのだが、少し不安がある。

入院経験がほとんど無いのだ。

中3の時、自転車旅行の中断、ふーてん、警視庁に補導されて強制送還(笑)のあと、すでに2学期が始まって1月近かったために、「ノイローゼという口実にしたいという親の陰謀(笑)」もあったのか、1週間ほど入院させられたことがある。いろいろなテストを早くやりすぎて、私用のテスト用氏を特製して貰った記憶がある(笑)。

それ以降、ALSになる前に入院したのは1日だけ。尿管結石ができた時だ。普通の患者は、救急車やタクシーで来るらしいが、私は、自転車で行って驚かれた(笑)。しかし、痛みが激しくそのまま入院。一晩中、痛み止めの点滴を打たれていたが、翌日には退院した。

今回は、23日に入院して、25日に手術、全部で10日から2週間かかるという。病院で入浴したり、手術というのも、初めてだ。中3の時の入院では、入浴を病院でしたはずだが全く記憶にない。

なにしろ独居なので、着替えから、いろいろと準備をしなければいけないし、見舞いに来てくれる人も居ない。幸い、広い病院なので、車で行って、退院まで車を置いたままでよいと許可が出た。くるまを「控えの衣服」と「汚れ物」の置き場として使える(笑)。
パソコンの持ち込み許可も得たが、さすがに、「インターネット接続環境のある入院」はあり得ない。
わずか10日のためにモバイル環境を作ってもしょうがない。

最近呼吸困難のため、「便りがないのは無事な証拠」と言えなくなった私だが、少なくとも、入院中は便りがないのは無事な証拠だろう。

妹と息子と数人の仕事関係には、入院のため連絡が取れなくなると通知した。もちろん、どこに入院するかは知らせてない(笑)。返事が来たのは妹だけ、実に良い環境だ(笑)。

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